仙台高等裁判所秋田支部 昭和32年(う)101号 判決
被告人八神雄、同椿田達雄に係る原判示第一の(二)の(イ)の強盗に関する原判決挙示の証拠を綜合すれば昭和二十九年七月二十四日午後十一時頃大館市字大町二十八番地の一千成食堂こと小野寺シズヱ方において嵯峨忠俊が被告人等によつて加えられた原判示傷害その他の暴行により精神的肉体的に全く抵抗をなしえない状況にあつたのに乗じ被告人八神雄、同椿田達雄の両名は共謀して同人に対し「十万円からの金をもつているだろう」と暗にその提供方を迫り、尚重ねて「腕か指を貰わねばならない」等というような言辞をもつて同人を脅迫し同人をして被告人等の要求に応じて所持する金員を提供しなければ到底自己の身の安全を期し難いものと畏怖させた上その所持金十一万三千円位を被告人等に提供させてこれを強取した原判示強盗の犯罪事実を優に認定しうるのであつて右と異る趣旨に出た原審公判廷における被告人等の各供述記載は前記認定の各証拠と対照してたやすく信を措き難い。所論は被告人等には強盗の犯意がなかつた旨主張する。成程被告人八神雄がその際嵯峨忠俊の差出した現金を俺は金が目当ではないといつて容易にこれを受取ろうとしなかつたことは洵に所論のとおりであることが証拠により窺いうるが昭和二十九年十二月七日及び同月二十一日の各原審第三回公判廷における証人嵯峨忠俊の供述記載及び同人の検察官に対する昭和二十九年八月二十八日附供述調書謄本の記載によれば被告人八神雄は隣室から出て来るなり全く抵抗不能の状況にあつた嵯峨忠俊に対し十万円からの金を持つておるだろうと詰め寄り同人が身の危険を感じて鞄から右現金を差出すや被告人椿田達雄は尚一層威丈高となり被告人八神雄がその中より小野寺シズヱの分三万円を抜き取つて嵯峨忠俊の前に差置いた残金を日本手拭でしばつて取上げた後被告人等は同人に詫状を書かせこれを「落し前」(やくざ同志のいさかいで敗者が勝者に提供する贈与等の意)として取上げていることが明らかであり被告人八神雄の司法警察員に対する昭和二十九年八月二十五日附供述調書の記載によれば同被告人は嵯峨忠俊がひどい目に遭いこのまゝではどうにもならないと観念して所持金を提供することを暗に了解し、しかも自発的に右現金を差出したようにするために詫状を書かせたことが明らかであるからこれらの事実よりすれば被告人等に強盗の犯意のあつたことを認定するに十分である。被告人八神雄が俺は金が目当ではないと言つているのは同被告人等に財物強取の犯意のなかつたことを偽装せんがための単なる逃げ口上に過ぎないと解する。次に所論は嵯峨忠俊は右現金を「落し前」として任意に提供したものである旨主張するのであるが原審公判廷における証人嵯峨忠俊の前記各供述記載を綜合すれば同人は所持金を提供しなければ自己の身の安全を期し難いと畏怖し全く反抗を抑圧された状態においてこれを差出したことを認定するに足るのであつて右認定に副わない当審証人嵯峨忠俊の供述部分は右各供述記載に照らしたやすく措信できない。所論の引用する同証人の原審公判廷における供述記載部分はこれを全体として考察すれば右認定を妨げる趣旨のものでないことが明らかである。次に所論は特殊なやくざの社会における「落し前」の授受は強盗をもつて論議される程違法性の強いものではない旨主張するのであるが、たとえやくざの社会に見受けられる特異な仁義の形態があるとしても前説示のような暴行、脅迫を加えた上その反抗を抑圧して金員を強取した以上強盗罪の成立することは固より論をまたないのであつて、所論は独自の見解として採るをえない。所論の引用する大審院判例は本件に適切でなく又右被告人両名以外の被告人等が強盗の刑責を問われていないのは不公正であるというのであるが同人等は金員強取の行為に関与していないのであるから検察官においてその点につき公訴を提起しなかつたのは当然であつて原判決にはこの点につき審理を尽さない違法があるということはできない。その他記録を精査検討するも原判決の右認定並に擬律につき所論のような違法を認めることはできない。論旨はいづれも理由がない。
(裁判長裁判官 松村美佐男 裁判官 小田倉勝衛 裁判官 三浦克己)